パチンコ依存という闇(その3)
この頃には、親がギャンブル依存であることは明白でした。
何とかこの依存状態を自覚し、断ち切ってほしいとの思いから、GA(ギャンブラーズ・アノニマス)に参加してもらうことにしました。
こうして、なんとかパチンコをやめてもらうよう忙しく立ち回っている私をよそに、家庭内窃盗は治る気配がありませんでした。
あるときは、私の子供である孫の貯金箱からお金を抜き取り、またあるときは私のネックレスを質入れされたこともありました。
もちろん、その都度パチンコをやめてくれるよう言うのですが、本人の心には届きません。時には、泣きわめいて抗議しましたが、無駄でした。
その瞬間はショボンとして、本当に反省しているように見えるのです。
でも、ほとぼりが冷めると、またパチンコ屋へ行ってしまう。
だって、病気だから。
依存症であることを本人が強く自覚し、治療や自助グループにつながる。そして、物理的に依存の対象から離れることができなければ、何度でもまた深い沼に引きずり込まれてしまうのです。
こうして親の依存症に振り回されていくうちに、わたしは「共依存」といわれる状態に陥っていました。